「ちょこざいなっ!」

お酒を飲みながら日々の雑感をダラダラとつづるブログ

『〜すぎる』という表現

前から気になってたんです。

『〜すぎる』という表現。

可愛すぎるに始まり、美しすぎるおもしろすぎる、いたすぎる、かわいそうすぎる、感動しすぎる、楽しみすぎる、行きたすぎる、待ち遠しすぎる、不謹慎すぎる…

枚挙にいとまがないってこういう時に使うんやな。

この表現に関して違和感どころか嫌悪感すら覚えていました。

それがなんでやろーと考えて考えてやっとわかったんです。

 

 

それは、この表現に【伝える気】がまったくないから。

 

『〜すぎる』の『〜』には、動詞、形容詞、形容動詞などが入りますが基本的に全部主観的な単語なんです。

可愛いも、美しいも、痛いも、可哀想も、感動するも、楽しみにするも、行きたいも、待ち遠しいも、不謹慎も・・・・・・・

全部主観です。どう感じるかは自分が基準です。

その自分の基準を「わかってくれるだろう」という甘い期待のもとに使われるのが『主観+すぎる』のワーディングです。

そもそも自分が基準としてどう思っているかを説明することを拒絶しているわけです。

それなら物事説明するときに使うなよ。

 

このワーディングじたいは昔からありました。

基本的にはネガティブな表現に使うことが多いように思います。

(例:甘すぎる、ひどすぎる、等)

で、この際は事前に“甘さ”や“ひどさ”が過剰であることを示す根拠が示されています。

ちゃんと伝える気あるんですよね。

 

ということで、最近の『〜すぎる』ってワーディングは、伝える気がなさすぎるし、他社に対する敬意を払わなさすぎるってとこにイライラしすぎるということがわかりすぎました。

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