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「ちょこざいなっ!」

お酒を飲みながら日々の雑感をダラダラとつづるブログ

久石譲のコンサートに参加して

雑感です。

非常に個人的です

 

 

2015年8月13日@仙台

久石譲&World Dream Orchestra 2015

に参加してきました。

やっと行くことができました。久石譲のコンサート。

 

演奏を聞きながらひたすら内省を促されました。

伏線は午前中に張られていました。

雨の影響もあったと思います。

レンタカーで仙台市内をぐるぐるまわっていると急に、自分の短所がどんどん頭に浮かんできて、これまで出会った人との関係やこれからの人生がだんだん不安になってきました。

ぜんぶ、雨のせい。

 

そんなこともすっかり忘れた午後6時。

ホテルを 出て意気揚々と会場に向かいました。

午後7時、開演。

 

第一部は"祈り”と"The End Of The World"。

2曲とも9.11が着想のきっかけになっているらしく、あの事件が起こった時や彼自身グラウンド・ゼロに赴いて感じたことを表現しているそうです。

一部では全編を通じて『鐘の音』が鳴り響き、同じ鐘の音が場面により、警鐘、祈り、鎮魂、と複数の役割を演じていました。

鐘の音が持つ意味が変わるにつれて頭のなかには、グラウンド・ゼロで立ちすくむ

男の人や何もない無機質な空間で膝をつき両手を握る人、人影のないマンハッタンの街を鳥瞰するような映像が次々と浮かびました。

感覚的には、古典落語を聞いた時に昔の街並みがふっと頭のなかに浮かんで人が動き出す感じに近いと思います。

映像だけではなく、その時々で彼が受け取った感情や曲に込めたメッセージが目に見えない流れになってどんどんどんどん押し寄せて来ました。

自分の頭に浮かんだ映像や受け取った感覚と彼の思い浮かべた情景やメッセージが一致するのかどうかはわかりませんが、あの時そうさせたのは間違いなく彼の作った曲とそれを演奏したオーケストラの人たちのハーモニーで、『あぁ、表現するってこういうことね』と実感しました。

そこから派生して、芸術というのは一人(もしくは複数)の人の感情、想い、考えや葛藤など、言葉にならない、つかもうとしても消えてしまうようなものを表現することなんだろうかと漠然と考え至り、『芸術鑑賞というのは色んな人を自分の中に取り込むことなのだなー』と思い至ったわけです。芸術鑑賞しないとな。と。

ここまではよかったんです。

 

きっと雨のせいです。

ここから内省祭りが始まりました。

 

人は微妙である、捉えきれないものである、ということを実感した。

果たしてこれまでの自分はどうであったか。

他者を矮小化していなかったか。

自分の範囲内に収めようとしていなかったか。

自分を矮小化していなかったか。

自分を自分の範囲内に収めようとしていなかったか。

すべて自分の言葉で言い表せられると思っていなかったか。

そういう態度で他者に対していなかったか(いや、していないわけがない)。

であれば、人を不快にさせてこなかったか(いや、させなかったわけがない)。

他者を矮小化するから人が予想外なことをすると苛立つのか(なるほど)。

自分を矮小化するから自分を良く見せようとするのか(なるほど)。

と延々と続くわけです。

 

人生ってそれ自体が壮大な表現で他者の人生があってこその自分の人生だと思うんですが、これまでほんとに自分勝手な生き方しかしてこなかったなーとつくづく反省しました。

自分が気持ちよくなることしか考えてないオナニーみたいな人生。

それじゃダメなんですよね。

ちゃんとセックスしないとダメなんです。

オナニーもセックスも最終的な結果は同じですが過程がまったく違うんですよね。

そこに相手がいるのか。相手を知り、感じ取り、気持ちよくさせようとする努力があるのか。

その過程が自分の人生ではまったくすっぽり抜け落ちていたことに気づきました。

(そら彼女できへんわ)

気づいたところで具体的に何をどう直していけばいいのかまだわかりませんが、ことあるごとに意識するのが必要だと思うのでそうしていこうと思います。

備忘録代わりにここに記す次第です。

ほんとイケてないなー自分。

 

コンサートの話に戻します。強引に。

第二部は、

紅の豚よりil Porcorosso〜Maddness

Dream More(サントリー マスターズドリームCM曲)

風の谷のナウシカ交響組曲

で、アンコールには知らない曲と、とっても聞きたかったWorld Dreamsの2曲が演奏されました。

 

紅の豚は戦前感漂うこの時世への、ナウシカ原発を含めた行き過ぎた現代文明へのアンチテーゼなんやろうなーと勝手に思っていました。

映画音楽になってると曲に色がつくけどこういう使い方いいなー。

アンコールの1曲目は知らないけど『愛』を訴えるような感じでグッときた。

World Dreamsは開始一音目のバイオリンで感極まってないてしまいました。

この先の人生どうしようって迷って、この先の世界はどうなってしまうんやろうって不安になり、めちゃめちゃしんどかった時に希望をもらい続けていた想い出の曲で、思い入れが強い分、生で聴けたという感動もひとしおでした。

あの1曲だけでも行った価値あったわ。

 

仙台ではちょいちょい雨に見舞われたのですがあれはきっと禊の雨でしょう。

レイニーブルーが聴きたくなりますが今日はWorld Dreamsにします。

そんな感じで関西に戻るとします。

特別な場所になりました。仙台。

 

P.S.仙台はクリスロードのスタバでこの文章書いておりますが、隣のギャルが東北弁で喋っていてキュンキュンして筆が進みません。方言ずるい。

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