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「ちょこざいなっ!」

お酒を飲みながら日々の雑感をダラダラとつづるブログ

自室の本棚から(世界の車窓から的な感じで)

ポーンと時間ができたので実家に帰ってきておりまして、

プラプラ自室の本棚を見ておりましたらこんな本がありました。

日本小農論の系譜―経済原論の適用を拒否した五人の先達
 

 

学生時代に

『日本農業と資本主義は親和性が低い』

なんて大それたことを論文で書きたくて買った本やけど、

その時は資本主義とはなにか、資本とはなにか、

そもそも経済学がなにであるかすら分かってなかった状態で(今もきちんと把握できてるわけじゃないけど)、

さらに言えば、日本農業の現状やこれまでの変遷・議論されてきたことも知らなかったわけで当時はさっぱり理解できなかったわけですが、

改めて読み返してみると(って言ってもはしがきと序章、四章くらいやけど)著者の言わんとすることや論じることの重要性を理解することができてちょっぴり嬉しかったのも束の間、

先輩たちはこれくらいの本を当時の自分くらいの年齢(21,22くらい)で読みこなしてたのかと思うと、

学生時代の怠惰と不勉強を恥じ入る気持ちでいっぱいになりました。

 

本書は、

『日本農業は、経済学的知見から“遅れ”や“歪み”と指摘されるような特殊性があるが、経済学自体がそもそも西ヨーロッパで開始・成立したものであるためその地域の文化的・政治的・時代的背景が色濃く反映されている学問で、そことの整合性が取れないからといって「これから是正されていくはずだ」と軽々に議論を切り上げるべきでない』

という玉真之介先生のアッツイ情熱によって支えられ、第四章〜八章で構成される栗原百寿へのオマージュは一読の価値ありです。知らんけど。

 

ちょうど20年前の今頃(1995年10月2日 第一刷発行)された本書ですが、内容的に色褪せることなく、むしろ資本の論理に則って経済効率性を優先した現代農業の破綻が見え隠れする中、この分野の研究を深化させていく必要性は高まっているような気がします。

日本農業を取り巻く環境は5,6年前にこの本を買った時よりも悪化しているように感じられ、どうすれば是正できるかと考える日々ですが、

ちょっとしたヒントが以下の本にあるような気がします。

 

 敬愛する友人の恩師?指導教官?が書いた本で、

市場経済にどっぷり浸かるのではなく、バランスをとりながら関与していく人々が増えてきている』

という内容で、答えではないけれどもちょっとしたきっかけにはなりそうな気がしてます。知らんけど。

 

「『日本農業と資本主義は親和性が低い』って言いたい!!」

なんてよく言ってたもんやなと当時の自分に戦々恐々とするわけですが、

その頃からさしたる進歩もなくいまだに似たようなことを考えてるわけで、

残念ながらライフワークとなりそうです。どうなるかわからんけど。

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