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「ちょこざいなっ!」

お酒を飲みながら日々の雑感をダラダラとつづるブログ

海外に行く意義について考えてみた

随分ご無沙汰になってしまいました。

色々言いたいことはあったんですが

なかなかブログで書くところまで至ってませんでした。

 

反町さんが

『言いたいことも言えないこんな世の中じゃ…』

って嘆いてらっしゃるので

一念発起して書いてみることにします。

 

 

 

先週の火曜日、

地元和歌山で学習塾を開くにあたり

『子どもたちの海外へのハードルを下げるきっかけを提供したい』

と言ってる保育園来の友人Aと

カナダはバンクーバー(現在はケロウナ)で

『若者で海外渡航を考えている人の一助になりたい』

と言ってる大学の友人Bを引き合わせるために

実家に帰っていました。

 

Aは、

「国境をまたいだ人の往来が増えていく中で

海外で働くことも当たり前になってくるだろうし

逆に海外から日本への流入も盛んになると思う。

選択肢を拡げるためにも視野を拡げるためにも

”海外”へのハードルを下げておくことは大事」

と言い

Bは、

「言語が違う中でコミュニケーションを取り

様々な価値観に触れることや

日本とは違った開放的な空気を吸うことは重要」

と言うわけで、

私自身も高校時代に海外留学経験ありますし

両方の意見に首もげるんじゃないかと思うくらい

うんうんと首肯していました。

 

あまりに共感したので

『行くまでの語学勉強の指導』

的な部分でチラッと関わることになると思います。

その辺はまた後日。

 

で今日。

なんとはなしに海外に行くことの意義を考えてました。

海外行くってなんなの?意味あるの?

みたいなとこ。

ということでこっからが本題。

毎回前置きが長くてすみません。

 

 

結論から言うと

『違う道を知ること』

です。

 

道ってほんとの道ね。

道。道路。

道ってその地域だけで共有できる

かなり限定的な”世界”だと思います。

なんのこっちゃやろうと思うけどとりあえず進めます。

 

 

 

私の地元には

国道24号線という主要道路があります。

京都から奈良を通って和歌山に繋がってるのですが

和歌山県内では紀の川に沿うように

和歌山市橋本市に東西に伸びています。

県北の人たち誰もが知っていて1度はお世話になる道路です。

和歌山市内に行くときや奈良方面に行くときはは24号線を使う。

ただこれも

「私が住む街」の人が想像する24号線(世界)と

「橋本よりの街」に済む人が想像する24号線(世界)は違います。

 

例えば。。。

北関東を通り青森まで続く国道4号線

栃木の人にとっては「東京に続く道」でしょうけど

郡山の人にとっては「福島市へ行く道」でしょう。たぶん。

 

大阪から瀬戸内側をずっと通り門司まで続く国道2号線

兵庫の人にとっては「県内を東西に移動する道」でしょうけど

岡山の人にとっては「倉敷に行くときの道」でしょう。たぶん。

 

同じ道。であっても世界が違うんです。

違う。

けれども、

和歌山に住んでいれば

24号線が奈良に続いているという”感覚”は自然と持つことが出来ます。

それこそ『地続きで繋がっている』という実感を持てる。

宇都宮ー郡山

郡山ー福島

とか

姫路ー岡山

岡山ー倉敷

なんかはかなり実感もてると思います。

繋がってる感じは分かる。

これが、始点と終点になったらかなり難しいと思います。

 

東京の人に

「この道青森に続いてるんだよ」

ってお伝えしても実感わかないでしょうし

大阪の人に

「この道福岡に続いてるんだよ」

と伝えてもまったくわからないと思います。

世界を共有できないから。

 

海外行くのって

『自分とは違う世界が存在していた』

そして

『その世界は地続きだった』

を認識するために行くんだと思います。

 

 

「それがどうしたの?」

 

って言われそうですね。

もう少し続けます。

国道4号線は東京の日本橋を起点に青森まで伸びています。

青森で大雪が降りせっせと雪かきをしている人の世界

東京の超高層ビルでオフィスワークをしている人の世界

というまったく違う世界が”実際に”存在していて

しかもそれはどうやら国道4号線で地続きだ。

ということを経験知として持っていれば

最終的にどの様な世界に属すとしても

具体的なイメージをもって能動的に”選択”できるんです。

そして”別の世界”があると分かっていれば

何らかの理由で自分の世界が暗澹としても

精神的な余裕を持って”シフト”することができます。

これが海外に行く最大の意義だと思います。

 

 

 

 

というところで終わるともやもやが残るので

もう少し駄文を連ねようと思います。

 

 

 

 

日本ではかなり限定的な場所から見た道を強要されます。

国道4号線といえば日本橋でしょ」

みたいな。

具体的には、

小中高と勉強頑張って12年で卒業し

良い大学に入って

新卒で良い企業に入れば将来安泰!

(『今なら公務員が安定してるしいいよね

手に職って意味では看護師もいいよね』

なんてことを言われて…)

といった超画一的な世界を押し付けてきます。

 

それがすんなりと受け入れられるんだったらいいんですが

「いや、青森からみた4号線は…」

「いや、盛岡からみた4号線は…」

「いや、福島からみた4号線は…」

「いや、宇都宮からみた4号線は…」

と各々の様々な4号線が絶対あるはずなんです。

あるはずなんですが

みんな「それは虚構だ!」と言います。

しかも、

青森の4号線ユーザーに思える人も

盛岡の4号線ユーザーに思える人も

福島の4号線ユーザーに思える人も

宇都宮の4号線ユーザーに思える人も

「4号線は日本橋

と言うわけです。  

 

私は大学4年の初めまで筋金入りの日本橋4号線ユーザーでした。

公立の小・中・高と進み

部活動にも励み成績は平均以上。

高校2年でオーストラリアへ1年留学したのはイレギュラーでしたが

留年することも浪人することもなく国立大学に合格。

順風満帆。予定調和。視界良好。

このまま”良い企業”に就職して

一生日本橋4号線ユーザーの予定でした。

 

 

予定は未定でした。

 

 

大学4年の5月に何を思ったか1年間の休学を決意。

日本一周なんかしちゃったりして

戻ってきた頃には

『就職しない』

という謎の決断をしていました。

(もちろん理由はあったけれども)

日本橋4号線ユーザーを離脱した瞬間でした。

 

周りに盛岡の4号線ユーザーも福島の4号線ユーザーもおらず

『4号線は本当に福島や盛岡に繋がっているのか?』

とめちゃくちゃ不安になりました。

五里霧中。孤立無援。先行不透明。

自分で選んだにも関わらず

『このまま死んじゃったら楽かもなー』

なんて考えた時期もありました。

(ほんのちょっと、ほんの一部だけやけど、

仕事で追い詰められて自殺する人の想いがわかった気がしました)

そんな中でオーストラリアやその他の海外留学時のことを思い出して

『かつて見た国道2号線は大阪ユーザーも福岡ユーザーもいて

各々が各々の世界で生きていたな。

日本橋だけが世界じゃないな。』

と思えたのが本当に救いでした。

 

で、そうやって日本橋以外の4号線を知ると

案外、宇都宮ユーザーや青森ユーザーもいることがわかってきました。

あまりにも日本橋ユーザーが声高に叫びすぎていて

彼らの存在がかき消されていたんです。

これほんとに問題だと思います。

「4号線は日本橋だけではない」

ということを

海外を経由せずとも実感できる世の中であって欲しいと思っています。

 

 

 

最後に24号線ネタでもう1つ。

和歌山から奈良を通って京都までを結ぶ国道24号線には

『京奈和自動車道』と呼ばれる自動車専用道路があります。

バブル時に持ち上がった構想が崩壊後に一回ストップし

また再開される例のあれで作られる道路です。

全国色んな所で”こういう道路”はあるんだと思いますが

おかげで奈良までは1時間半ほどで着くようになりました。

 

昨年、墓参りついでに祖母の家を訪れ

「明日、友達に会いに奈良に行ってくる」

と伝えたところ

「奈良までは2時間以上かかるし休憩をとりながら行きなさい」

と言われました。

車に乗らなくなって久しい祖母の世界には

京奈和自動車道は存在していなかったんです。

 

時代は移っていきます。

年配の方がこれまでの経験として忠告してくれることも

時代にキャッチアップしていないものが含まれることもあります。

だからこそ自分の目で”別の世界”を見て確かめてくる必要があります。

盛衰の激しい不安定な世の中で

自分で自分の人生に責任をもつために

”違う世界”を知って

能動的に”選択”することが重要なんだろうと思うわけです。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

追伸的に。

 

今回『道』を切り口に書きましたが

個人的に『道』と聞いて思い出すのが魯迅の『故郷』という小説。

国語の教科書にも載ってたのでご存じの方も多いでしょう。

その最後の一文。

 

「希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えぬ

それは地上の道のようなものである。

地上にもともと道はない。

歩く人が多くなれば、それが道となるのだ。」

 

これを読んで意味もわからずしびれたのを覚えてます。

 

そう。もともと道はないんです。

つまり道があるということは誰かが歩いてくれたからなんです。

様々な外的内的要因があるでしょうが

少なくとも先に歩いた人のマネをすれば自分だって歩けるはずです。

”道”はそういうことも教えてくれます。

 

 

 

追伸の追伸。

 

魯迅といえば

日本の大学で医者になるべく勉強してたが

母国の緩急に心を痛め

「人を救うのは医学じゃない、文学だ!」

と言って文筆家を志すことを決意したって話が本当に大好きなんですが

昨夏仙台を訪れた際、仙台城址に魯迅像があって

『なんでこんなところに魯迅が…』

と訝ったのも束の間、なんと魯迅さん東北大で学んでらしたそうで。

『こんなところでお会い出来るとは!』と、

とても嬉しくなった想い出もここに記しておきます。

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